Spesial Musicu / Toki Takumi - hanali



title : Spesial Musicu
artist : hanali / toki takumi
cat No. : tcd-01A / 01B (CDx2)
price : ¥2520(tax in)
date : 2009.6.18
mastering : shinkai studio
cover illustration : Syoko Nagoya
design : Takashi Kojima

Track :
disc.1_ hanali side
- 1. renemixa_done 4:15
- 2. Yanglian 7:13 
- 3. Okay 2:39
- 4. aciden 3:15
- 5. Pakistan 3:38
- 6. Jarocker + Pole Pole Taxi Sound System 7:02
- 7. Preconscuba 6:27 
- 8. Chapler + chaplin 3:31
- 9. CrikTek 3:16
-10. Rok 5:41
-11. Gung 2:30 
-12. forhonpau 5:25 

disc.2_ toki takumi side
- 1. spase 1:54
- 2. Mornest + Takashi Kojima 5:24
- 3. listn 4:36
- 4. Lightian + Makoto Ohshiro 5:55
- 5. Plaster + utah kwasaki 7:11
- 6. yestaday 4:48
- 7. rever + Yoshio Ohtani 4:06 
- 8. noumal 1:18
- 9. telepon 5:04
-10. Wavian + Takefumi Naoshima 6:07 
-11. taime 3:45
-12. Piroste + Yasufumi Suzuki 6:06
-13. simbol 4:13 
-14. mouning 4:02

かつて日本のインプロヴィゼーションシーンにおいて、その動向が注目されていた
若手アーティスト土岐拓未。数年におよぶ音楽的変遷と沈黙を経て、遂に動く。
もはやインプロヴィゼーションという枠ではくくりきれない、廃棄寸前のMTRから吐き出される
極端なまでに個性的な音楽。大谷能生 ・ ユタカワサキ ・ aenなど多様なゲストを迎える2枚組。

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recomends
- 伊東篤宏 (Optrum)

土岐君といえば、2004〜5年頃にOFF SITE の2Fカフェで、ぶっ壊れたMTRとカセットから取り出したテープを使って結構ハードな音を出していたライヴをよく憶えている。OFFSITEを閉めた後はあまり会う機会もなかったが、人づてに彼は、もう少しクラブ・ミュージック寄りのビートを取り入れたトラックを作っていると聞いていた。そして今回突然のアルバム(しかも2枚組)の発表である。本人的には全く突然でも何でもなく、マイペースに作り貯めた作品を発表するだけの事かもしれない。共あれ、その内容はやはり最初に彼の音を聴いた時の印象とさほど大きくズレていなかった。見た目一見爽やかな好青年風の、こういう男の造り出す音は侮れない。聴く者をさりげなくジワジワ・ズブズブとハマらせる音のテクスチャーと、空間にさりげなく、しかし確かな違和感をもって響く決して甘くない奇妙な電子音。取っ付き良さげでいて、意外と粗野なグルーヴ。俺はこれらのトラックを聴いていると (そして本人の容姿を思い出すと)レッサーパンダを思い出す。そう、一時期お茶の間の人気者にもなった、あのレッサーパンダだ。あの動物をただ単に可愛いと思っている人はヤツらを真近でよ〜く観るといい。あの目、あの動きは実はかなり凶悪凶暴である。



- 一楽儀光 (どらビデオ)

あざやかにはじける音につぶ、どこまでも飛んでいけそうな空間の広がり、 心よい耳ざわり。ファンタジックな音楽の魔法がここに。 ちょっとオリエンタルな風味とチープな響きも気が利いている。楽しめる一枚です。



- 虹釜太郎(360°records+1080°-5H)

作曲者が誰とか音をミックスしたのが誰であるかとかとりあえずそういう”人間”の話はいったん離れてみる そうして音の立場にたってみれば現在、音自体のいろんなクローンたちの死骸が死死累累と積みあげられているゾーンの市街戦において新たに戦いにおもむく音響自身=その自分の姿を見るしかない そして今日、音響であるところの自分がまた今日死ぬ音響が”そこ”で再生される そして再起動される自分 Toki Takumi がこうして遅れてやってきたこと
そして敗戦処理の様相さえ呈するニカや”音響たち”のかろうじて残しえた通常の複雑性と超・即興がかかえこむ超複雑性といった現在の多軸の前の進行地域選択画(ゲーム)の前でインスタントに揺れ動く音響の数々は当然 遅れてきたことによる洗練さ(現在はダブステップのクリエイターであるところの百窓の前進の Chaplinと比較するとそれは明らか)は当然持ちながらも、音響たちのどこかの次元が脆弱過ぎることによりどこかで壊れゆく市の市街戦ならではの土臭さと猪突しない几帳面さが音に沈殿しているような聴感
そしてユタカワサキが瞬間降り立ったデスジャズ記憶焼失面への垂直離着陸や先人が踏まなかったエリアの数々(トイニカ的チャイルディッシュカラーフィールドや、すっぽこニカの凹凹凸地帯やチップチューン沈電地帯)への再調査も無意識に試みられているかのような【Hanali】sideはもはや何のアトラクターにもなりようがないかのように扱われ無視されている10年遅れてきたイルビエント、それもオルタード・ビーツ状不穏さの霧を漂うそれというよりはむしろ開き直りのポジティブさに彩られ=マイナスされたアブストラクトの元祖であるヴィジット・ヴィーナス的なそれ、その音自体の方にしてみればこれから自分が戦うべき場所の不明さに戦慄というよりは、不気味な緊張が自己に幾多の角度から刺さり返し逆流する景色 そこには後退の理不尽に逡巡する音たちとそれを背後で駆動するはずのToki Takumiとの齟齬も感じられ面白い
【toki takumi】sideでは、utah kawasaki,suzuki yasufum,Oshiro makoto,ohtani yoshio,naoshima takefumi,kojima takashi ら同世代の「ベテラン」たちとのモジュールふるいっち(特にkojima takashiとの共作においてその試みは特に建築と音響の関係を反芻させる動機を持つ面白さとして結実した20年遅れのクリス・コン・タラ=コリックサンアート)(Ohtani Yoshio との30年遅れのブロークンシャドウ→内部破裂地図のちぎられたソレ)(そしてutah kawasakiとのソレにおいてはutahによる言い違いが魅力的になりうる前に曲自体が終了)において新しい音響地図を発見していて(聴いてしまったからと言わずもう一度disc1をプレイヤーに入れて、写真家とのコラボへのエンジン音を含む様々な”エンジン音”を再度聴き直してみよう)、ここからフェネ・オ・バーグ的突然変異やOrbita的、Tong Poo Nekomata randomize session的な触媒や交叉まではあとひと飛び越えであるかもしれないし、そんなものは目指さないのかもしれないし、未知の抽象機械に開かれていくかどうかはまだわからないけれど、そんな面白さは遅れてきたゆえのものであり、その音響の行く末は現在のところは作者も知らないと思う



- enraku

tokitakumiさんは繊細で内向的で文系な好青年なのだけれど、実は豪快で外交的で理系になりたかったという願望を持っていて、その感情が、ジャンルでいう“パンク”じゃないけれども、結果的にこんなパンクなサウンドを生むのだなと素直に感激しました。 明治時代から漬けていた梅干が、戦火を免れ現代で発見される。この音はそんな感じです。



- 石井タカアキ(OneInchPunch-Label/telemetry/SCUBA)

10年一昔と言うけれど、土岐君との出会いはそろそろそんな一昔前となろうかという頃、どういう経緯かはすっかり忘れてしまったのだけれど何となく知り合ってずっと、何となく付き合ってきた。自分が初めて土岐拓未を知ったのは、インターネトの掲示板上で名前を見かけたのが最初だったと思う。ブログやらSNSやらが全盛の今からはちょっと隔世の感があるけれど、当時は掲示板(BBS)というものがネット上の交流の場としてはメインスリームで、個人やミュージシャンのパーソナルサイト、自主レーベルのホームページなんかに設置されたBBSで人がガンガン交わっていた(一方では2ちゃんねるという怪物もいたし、オレも土岐君も自分のBBSを持っていた)。その頃のオレと土岐君が出入りしてたBBSが似通っていて、例えば□□□のサイトからDJモノリスのmistonのサイトに流れて、露骨kitが店長を務めていた吉祥寺の特殊レコーショップ「東風」のBBSに辿り着く、というようなもんで、そんな縁で見知ったんだと思う。オレは残念ながら目にしてないけど、同時期にサン・ラとヤン富田について論争が闘わされていたという伝説の掲示板「smoke」にも、土岐君は顔を出していたらしい。知らない人にとってはなんの話だか分からなくて恐縮だし、ただの昔話なんだけど、まぁそんなBBSカルチャーというか 何と言うか、ともかくそんな場所から土岐拓未とオレはやって来た。
最初の頃は彼がミュージシャンという認識はなくて、雑誌にも寄稿する賢い学生ライターだと思っていたんだけど、彼が即興演奏で(恐らく)初めて作ったデモテープがminamo率いるcubic musicのBBSで絶賛されているのを見て、あぁ彼は音楽家なんだと認識を新たにした。きっとその頃には既にどこかのイベント会場で、お互いそうとは知らずにすれ違っていたんだろう。今では少し整理されて住み分けが出来てしまった感もあるけれど、当時の東京の、おおざっぱに言って電子音楽系のアンダーグラウンドな音楽シーンはまさに揺籃期であり、アーティストもリスナーもごっちゃになって、良く分からないが「音楽としか呼び様の無い何か」と日々格闘したり共闘したり喧嘩別れしたりしていた。彼らの多くは20台前半〜後半で、シカゴ音響派の雄・トータスの来日に驚喜し、サン・ラのレコードが含む微かなユーモアに笑みこぼし、シュトックハウゼンのコンポジションに歴史の重みを感じつつ、メルツバウとコルトレーンとヤン富田を同時に愛するB-BOY、みたいな、そんな感覚を共有しており、誤解を恐れずに言えば、カジュアルでライトなオタクの一種として路上に存在していて、例えばそんな場所に土岐拓未とオレはいた。
彼らは間もなくフリーインプロビゼーションという、新たなシーンの発火点を目撃する。杉本拓をはじめとしたミュージシャン達が夜ごとセッションを繰り広げていたというバー青山がその土壌を用意し、今や伝説となった代々木OFFSITEの立ち上げでシーンが爆発した。そして、そんな連日・連夜繰り広げられるフリーセッションに、土岐拓未が加わるのに時間はかからなかった。様々なミュージシャンとの共演の中で、壊れたMTRでの演奏という特異なスタイルは当時のシーンに確かな足跡を残す。「唯一」とか「孤高」というような枕詞に価値をおいてみるならば、彼ほどその言葉が似合うアーティストはいないだろう。なぜなら、彼の演奏スタイルは一切のフォロアーを産み出さなかったし、誰も真似してみせる事が出来ないからだ。世界でたった一人しか鳴らせない音を鳴らしている、という事は、それだけでスペシャルな事だし、もっと言うならば、それは相当にタフでストロングな事だ。
オレが彼のライブで一番覚えているのは、横尾君という共通の友人が早稲田の学祭で企画したライブイベントでの演奏。彼の手元のMTRから出される音は無機質なようでいてアナログシンセのような暖かみも感じさせる不思議な音で、無表情に操作する土岐君の姿と相まって、強烈な印象を受けた。その時一緒にタイのエレクトロニカアーティストcliquetparが出演していて、紹介してもらって、その頃から土岐君とも近しく付き合う様になった気がする。(オレはそれ以前にタイで彼らが共演したユニット「elephantronica」のライブ音源もネットで見つけて聴いていた。それは荒い録音の this heatのデモテープの様な音源で凄まじくカッコ良かった。)その流れからcliquetpar/hanaliという(大赤字に終わった)スプリット7インチ盤を自分がリリースするきっかけにもなった。 そう、hanaliだ。hanaliは元々2人組のユニットで、telemetryという イベントに加わっていた。そのtelemetryにオレがやっているユニットPolePoleTaxiをライブに誘ってくれたのが縁で、後年「Personal Telemetry System」というコンピレーション盤制作の共同作業に結実する。その頃から土岐君は、傍目にもMTRでのソロ演奏からhanaliでのトラック制作に力を注ぎ始めた気がする。campingcar_disc〜SCUBAへ至る過程も、ここから用意されたものだ。
オレは個人的に、hanaliのスプリット7インチ盤を作ってから、telemetryコンピ盤の制作を通してずっと、土岐君の(またはhanaliの)アルバムを作りたいな、とずっと思っていた。ずっと思って数年経った頃に、土岐君から「インプロのソロ演奏音源をまとめたいと思ってる」という話を聞いた。その話を聞いた瞬間、オレは叫んだね(メールで)。「2枚組にしちゃおうよ!!!」って。オレはインプロビゼーションミュージックの1リスナーとして、また土岐君の友人の1人として、彼がそのシーンにおいて果たした役割と功績について、常に過小評価に過ぎるというフラストレーションを持っていたし、今までリリースが無いまま来ていた事を不思議に思っていたから、このタフでストロングな音をちゃんと記録して世に問わなければならない、と考えた訳だ。そして嬉しいことにオレもそのアルバム制作に首尾よく加わる事ができた。それから何がどうなったのか、色んな事があって、telemetry小島君と土岐君とオレで喧々諤々の議論を重ねて、土岐拓未2枚組アルバムは土岐拓未/hanaliの2枚組として制作され、遂にリリースの日を迎える。
彼が即興演奏の現場から、地下のクラブでPCとサンプラーを使ったライブパフォーマンスへと表現の軸足を移している事、その事を誤解かもしれないけれどオレは良く理解出来る。10代から20歳前後にかけて刺激的で新しい音楽を探し続けてきて、例えば当初は先鋭的な電子音楽に向けられていたエレクトロニカという言葉が生楽器と電子音を使っただけのヌルい音楽を指す言葉になった事、あるいは自分自身も音楽を奏で始めてから感じた、人間関係や細分化していくシーンに対する違和感や幻滅。20代全てを使って感じたそれらの事とと、何も考えずに音を鳴らせた時代を過ぎて、社会の中で職を得て日々もがき・削られながら、自分が音楽とどう接するのかを考え、そして「それでも音楽をやってゆくのだ」というある種の決意と、覚悟を決めた男・土岐拓未を、同世代人としてオレは心から尊敬し、信頼しています。 (文中敬称略)